メガネキャラは女が多い
眼鏡のファンタジー
今日の講義は、眼鏡をファンタジーします。
ちなみに榊原は、「眼鏡」という単語がうまく打てません。現に、ここまで二回書きましたが「ネガネ」と「メガn」になりました。今も「mrガネ」でした。
もう書かねぇよ!
1) 歴史
歴史は、正直不明らしい。Wikiによれば
『1306年2月23日水曜日朝にサンタ・マリア・ノヴェーラのフィレンツェ教会において行われた説教の中で、修道士フラ・ジョルダーノ・ディ・リヴァルトが眼鏡について触れ 「この20年以内の発明である」「発明者と話をしたことがある」と述べていることから、遅くとも13世紀末のイタリアでは製作されていたことが分かる。』
としている。
2) 用途
誰でも知っているが、眼鏡は視力の矯正のためである。
よって、眼鏡は視力が悪い人がつける、というのが現実世界では――まあ、最近はそうでもないけど、それを言い始めるとキリがないし、つうか、あ゛ーーー――、うん、常識。
しかし、キャラ設定を行う場合、積極的に視力を悪い設定にする必要はほとんど存在しないと言っていい。
そのとき、眼鏡の装飾性、と言うものが関わってくる。
眼鏡は知性の象徴である。かけてるだけで、インテリ設定に見える。
また、目の前に透明ではあるが、何らかの障害物があることによって、視線が直接当たらず柔らかい印象を与える。――と、思う。
3) サングラス
さて、眼鏡と切ってもはなせないのがサングラス。
ただ黒いだけでないです。榊原もサングラスをすると、よく誰だか分からないと言われます。童顔、女顔隠しはこれで完璧。
4)眼鏡のトッピング
ただ、眼鏡はかけるだけでは、いい女は演出できません。フレームやレンズなどのデザインには注意を払うのは当たり前。決して、かわいい系の女の子の設定なのに黒縁眼鏡なんかしてはいけません。榊原は、文学部のあこがれの先輩は絶対メタルフレームという謎の先入観があります。
あとは、眼鏡ケース。ちょっと凝ったものだとや、キャラクターのバックボーンに関係あるものだと、少しいいです。
チェーンも捨てがたい。あまり、若い子はしないけど(基本、かけたり、外したりが激しい老眼によく用いるため)、おしゃれでつけてもいい。この前、駅の待合室で、すごいカラフルな紐をつけた可愛い子がいて一瞬ビクッと来たのはナイショの話。
7)おわり
冗長的になりすぎたので、以上。
別に、どっかのピーナッツ県の女史の眼鏡似顔絵みて思いついた訳じゃないから!(つうか、被ったし……)
今日の講義は、眼鏡をファンタジーします。
ちなみに榊原は、「眼鏡」という単語がうまく打てません。現に、ここまで二回書きましたが「ネガネ」と「メガn」になりました。今も「mrガネ」でした。
もう書かねぇよ!
1) 歴史
歴史は、正直不明らしい。Wikiによれば
『1306年2月23日水曜日朝にサンタ・マリア・ノヴェーラのフィレンツェ教会において行われた説教の中で、修道士フラ・ジョルダーノ・ディ・リヴァルトが眼鏡について触れ 「この20年以内の発明である」「発明者と話をしたことがある」と述べていることから、遅くとも13世紀末のイタリアでは製作されていたことが分かる。』
としている。
2) 用途
誰でも知っているが、眼鏡は視力の矯正のためである。
よって、眼鏡は視力が悪い人がつける、というのが現実世界では――まあ、最近はそうでもないけど、それを言い始めるとキリがないし、つうか、あ゛ーーー――、うん、常識。
しかし、キャラ設定を行う場合、積極的に視力を悪い設定にする必要はほとんど存在しないと言っていい。
そのとき、眼鏡の装飾性、と言うものが関わってくる。
眼鏡は知性の象徴である。かけてるだけで、インテリ設定に見える。
また、目の前に透明ではあるが、何らかの障害物があることによって、視線が直接当たらず柔らかい印象を与える。――と、思う。
3) サングラス
さて、眼鏡と切ってもはなせないのがサングラス。
ただ黒いだけでないです。榊原もサングラスをすると、よく誰だか分からないと言われます。童顔、女顔隠しはこれで完璧。
4)眼鏡のトッピング
ただ、眼鏡はかけるだけでは、いい女は演出できません。フレームやレンズなどのデザインには注意を払うのは当たり前。決して、かわいい系の女の子の設定なのに黒縁眼鏡なんかしてはいけません。榊原は、文学部のあこがれの先輩は絶対メタルフレームという謎の先入観があります。
あとは、眼鏡ケース。ちょっと凝ったものだとや、キャラクターのバックボーンに関係あるものだと、少しいいです。
チェーンも捨てがたい。あまり、若い子はしないけど(基本、かけたり、外したりが激しい老眼によく用いるため)、おしゃれでつけてもいい。この前、駅の待合室で、すごいカラフルな紐をつけた可愛い子がいて一瞬ビクッと来たのはナイショの話。
7)おわり
冗長的になりすぎたので、以上。
別に、どっかのピーナッツ県の女史の眼鏡似顔絵みて思いついた訳じゃないから!(つうか、被ったし……)
ファンタジー談義(2)
第二回 猫
1)
何で猫なんだよ。
と、大概の人が思う中、猫です。
いや、異種族のカテゴリーで言ったら、妖精とか、エルフとか、リザードマンとか、いっぱいあるだろう。と、思っても猫です。
2)猫の歴史
猫は犬と共通の祖先から分離したと言うことは、あまり知られていない。
それ自体に、それほど重要な意味はないのだが(端的な例を言えば、ほ乳類はすべて共通の祖先から生まれていると言える)、そこに「愛玩動物」の意外な共通点という意味では、少し興味をそそられるものを感じる。
さて、猫の家畜化は犬より後世、とは言われているが、やはり古く紀元前30世紀頃だと言われている。地区で言えば、やはり、エジプト。バステトをはじめ、猫神が存在し、古くから猫を愛玩対象としてきた、エジプトである。
用途は、当然のごとく、ネズミ駆除。
貯蔵する穀物の食害は、生産性が現在ほどよくない太古においては、その害も鬼気迫るものがあったのだろう。
3)猫の魔術性
話は、ずっと飛んで魔女の話をする。魔女の使い魔として、猫は登場する。
やはり、そこには猫の『目』が関係するように思う。
猫の目は誰もが知っているように、光量によって大きく瞳孔が開閉する。これは通常、太陽の運航によって変化をする。古来より、天体の運行と、魔術は切っても切れない関係上に存在する。十二星座占いなどは、その端的な例だ。
また、猫の目は特殊な構造をしており、少ない光で(暗闇で)ものを見ることが出来る。
このとき、網膜下で集められた光が反射する。――故に、暗闇に於いて猫の目は「発光」する。
この点にも、神秘性を感じざる終えない。
4)命婦のおとど
榊原くじらが、もし、歴史の登場人物百人を選ぶとするなら、決して漏れることのない猫である。
猫の身分ながら、命婦――従五位下以上の位を持つ女性――をあたえられ、貴族となった猫である。
階位が与えられた背景には、従五位下以上でなくては、昇殿が許されないため、と言われているが、許されないのなら、そこまで連れて行かなければいいのである。やはり、そこには、猫への愛着心が伺える。
さて、命婦のおとどだが、名前がおもしろい。
命婦とは、上記のように従五位下以上の女性という意味だが、古来の猫の鳴き声は「みゃう」や「みょう」だった。
「ぶ」は部民、と言う言葉があるように「属する一族」、であるから、「みょうぶ」とは「猫の一族の」の意味。
「おとど」は漢字表記すると「大殿」もしくは「大臣」となるが、古く、女性の尊称にも用いられた。
つまり、「猫の一族の高貴な女性」のような意味になる。
5)媚びない
猫は犬と違って、媚びない。
決して、犬が媚びてるわけではなく、やはり群れで生活する生物と、そうでない生物という性格分けによるものだが、やはり、そんな気性からは、高貴さが伺える。
6)榊原の考察。
古くからは、魔女の使い魔、としての位置に甘んじてきた感のある猫だが、媚びない高貴さ、からはやはり相応の知識人という立ち位置が、良いのではないかと思う。
時の権力側に付けば、政府要職の官僚、大臣職が与えられて当然。反体制なら、山奥に隠棲する賢者であろうか。
決して、擬人化させ立つ必要性はない。
四肢で、背筋を伸ばし、尾をなびかせる姿を変えることは、冒涜に近い行為に感じられる。
また、オッドアイを連発するのはやはり良くないだろう。物語には「登場しない」ぐらい希少な方が逆に「リアリティー」があるとおもう。
毛色はどんな色でも良いが、やはり光沢があった方が良いに決まっている。
1)
何で猫なんだよ。
と、大概の人が思う中、猫です。
いや、異種族のカテゴリーで言ったら、妖精とか、エルフとか、リザードマンとか、いっぱいあるだろう。と、思っても猫です。
2)猫の歴史
猫は犬と共通の祖先から分離したと言うことは、あまり知られていない。
それ自体に、それほど重要な意味はないのだが(端的な例を言えば、ほ乳類はすべて共通の祖先から生まれていると言える)、そこに「愛玩動物」の意外な共通点という意味では、少し興味をそそられるものを感じる。
さて、猫の家畜化は犬より後世、とは言われているが、やはり古く紀元前30世紀頃だと言われている。地区で言えば、やはり、エジプト。バステトをはじめ、猫神が存在し、古くから猫を愛玩対象としてきた、エジプトである。
用途は、当然のごとく、ネズミ駆除。
貯蔵する穀物の食害は、生産性が現在ほどよくない太古においては、その害も鬼気迫るものがあったのだろう。
3)猫の魔術性
話は、ずっと飛んで魔女の話をする。魔女の使い魔として、猫は登場する。
やはり、そこには猫の『目』が関係するように思う。
猫の目は誰もが知っているように、光量によって大きく瞳孔が開閉する。これは通常、太陽の運航によって変化をする。古来より、天体の運行と、魔術は切っても切れない関係上に存在する。十二星座占いなどは、その端的な例だ。
また、猫の目は特殊な構造をしており、少ない光で(暗闇で)ものを見ることが出来る。
このとき、網膜下で集められた光が反射する。――故に、暗闇に於いて猫の目は「発光」する。
この点にも、神秘性を感じざる終えない。
4)命婦のおとど
榊原くじらが、もし、歴史の登場人物百人を選ぶとするなら、決して漏れることのない猫である。
猫の身分ながら、命婦――従五位下以上の位を持つ女性――をあたえられ、貴族となった猫である。
階位が与えられた背景には、従五位下以上でなくては、昇殿が許されないため、と言われているが、許されないのなら、そこまで連れて行かなければいいのである。やはり、そこには、猫への愛着心が伺える。
さて、命婦のおとどだが、名前がおもしろい。
命婦とは、上記のように従五位下以上の女性という意味だが、古来の猫の鳴き声は「みゃう」や「みょう」だった。
「ぶ」は部民、と言う言葉があるように「属する一族」、であるから、「みょうぶ」とは「猫の一族の」の意味。
「おとど」は漢字表記すると「大殿」もしくは「大臣」となるが、古く、女性の尊称にも用いられた。
つまり、「猫の一族の高貴な女性」のような意味になる。
5)媚びない
猫は犬と違って、媚びない。
決して、犬が媚びてるわけではなく、やはり群れで生活する生物と、そうでない生物という性格分けによるものだが、やはり、そんな気性からは、高貴さが伺える。
6)榊原の考察。
古くからは、魔女の使い魔、としての位置に甘んじてきた感のある猫だが、媚びない高貴さ、からはやはり相応の知識人という立ち位置が、良いのではないかと思う。
時の権力側に付けば、政府要職の官僚、大臣職が与えられて当然。反体制なら、山奥に隠棲する賢者であろうか。
決して、擬人化させ立つ必要性はない。
四肢で、背筋を伸ばし、尾をなびかせる姿を変えることは、冒涜に近い行為に感じられる。
また、オッドアイを連発するのはやはり良くないだろう。物語には「登場しない」ぐらい希少な方が逆に「リアリティー」があるとおもう。
毛色はどんな色でも良いが、やはり光沢があった方が良いに決まっている。
ファンタジー談義
第一回 貨幣
【貨幣】
基本、ハイファンタジーに属するのなら、世界観がまるで違ってくるが、とりあえずそれなりの経済が発展していたなら、当然貨幣が必要となる。
【貨幣の有無】
貨幣は物々交換より円滑に経済活動を行わせるものである。
物々交換を少し発展させると、物と物の間を何かで仲立ちさせる物品貨幣が表れる。日本は古来より、絹布、米などが用いられ、世界的にも、貝、石銭があったとされる。
さて、金属の所謂貨幣が現れるのは紀元前七世紀のリディアだと言われている。中国でも、紀元前三、四世紀頃には刀貨や布貨と呼ばれるような銭を作り始める。
その後も、様々な国で貨幣は造られ、既に紀元後には完全な貨幣制度が確立していたという認識でほぼ間違いはない。
ちなみに、日本の貨幣制は和同開珎から始まるが、貨幣が普及するのは鎌倉時代から、さらに浸透するのは江戸時代になってのことであり、さらにはその貨幣制度も江戸と大坂ではまるで別国のように異なるもの(交換レートでさえ存在した)であったので、日本全域を網羅する貨幣制は明治時代まで待たなければならない。
【貨幣の価値】
貨幣の価値は、世界設定の上で重要である。たとえば、酒をいっぱい頼み、いくら払うか。それが、重要なこととなってくる。
センスのない人だと対外『一円と同じぐらいの価値』で片付けてしまうようだが、正直それはないと思っている。
貨幣とは売買のさい使うものである。つまり、売買するものの価値以下の額面は必要ないのだ。わかりやすく言えば、近代日本には銭の単位で買い物をすることはないから、何銭の通貨はない。ファンタジーでは『うまいぼう』や『十円ガム』に相当するものは普通売ってないので、そこまで小さい必要はない。そこまで少額の価値のものを生産できるのは、もっと近代にならなくてはいけないからだ。
さて、わかりやすいように実例を使う。
和同開珎という、日本最古の貨幣がある。(富本銭という人も言うようだが、個人的にはあれは厭勝銭だと思っているので除外)
和同開珎は当初、一文(和同開珎一枚)で米が二キロ買える価値を持っていたと言われる。
米の価値は現在一俵(60kg)が15000円ぐらい、だから二キロだと500円相当。
正直、500円は大きすぎると、思うが、だいたい100円〜300円程度が妥当だと思う。
【貨幣の材質】
基本は金属だと思ってもらえればいい。金属は保存性・等質性・分割性・運搬性を備えるためであるし、宝石の一種であるため価値を見いだしやすい、と言うものもある。
さて、その中で何が良いかと言えば基本は、金、銀、銅の三種である。
貨幣の優劣としては、金>銀>銅が一般的だが、かつては金は砂金で流出し、銀は採掘のみの時代があったため、銀の方の価値が高かった時代がある(らしい)。
そのため、金と銀の価値を逆にするもの少し変則的でおもしろいのではないか、と思う。
さて、くせ者は銅である。
銅は、ほとんど青銅にして使うのが一般的だが、この青銅というのがくせ者だ。
青銅は名の通り、青い金属『ではない』。青銅器などは、青く見えるが、あれは錆や緑青によってあのような色をしている。
青銅は錫との合金であり、その色はその錫の混入具合によって違う。錫が多いと、銅本来の赤銅色を形成し、下がるにつれ黄金色、白銀色になる。
(余談だが、弥生時代の銅剣などは黄金色、銅鏡などは白銀色である)
錫の含有量は上がるほど硬く、脆くなる。硬貨程度なら赤銅色、黄金色程度に抑えるのがよい。
さて、次はそれ以外の硬貨についてである。
金銀銅以外にも、かなり近代になってからだが、別の硬貨が現れる。
陶貨である。大戦中など、金属不足になったとき(主に敗戦傾向にある国に見られる現象だが)陶器の貨幣を造る。日本やドイツのものが知られており、京焼きやマイセンなど名だたる工房が製造した。
逆に古代だと、石などもある。
昔はポリネシアの巨大な石のお金が有名だったけど、今はどうなんだろう?。お金じゃない結論になったのか、資料がないので割愛ですが、石でもいい。
もっとも、石も陶器も脆いため、あまり普及はしない。
【形】
円形が基本に思えるが、正直そんなことはない。
だが、円形が昔から多いのは事実だろう。
中国の影響か、東洋では円形に四角い穴が開いたものが多い。なぜかは知らないが、おそらく、鋳造で作るので、そのとき発生するバリを除去するため。四角い棒にガショガショ刺し貫いてガチャガチャ取り除くんだと思う。穴が四角いから、周りをヤスリとかで削ってもお金が回らないと言う利点。
逆に、西はプレスが主流で、円形よりは少しいびつな形をしている。
【貨幣単位】
だんだん、収拾がつかなくなってきているが、単位についてである。
特には言うことはない。
貨幣単位は大概、重さと同じだったり、または、価値の基準となるものの単位と同じなので、それほど悩むことはない。
ただ、イスラム社会においては、ウマイヤ朝ぐらいまで独自の貨幣を持たなかった歴史があるので、その辺は少し覚えているといい。
ちなみに、余談で日本、中国、韓国の通貨単位「円」「元」「ウォン」は実はほぼ同じ意味の言葉である。
【終わり】
【貨幣】
基本、ハイファンタジーに属するのなら、世界観がまるで違ってくるが、とりあえずそれなりの経済が発展していたなら、当然貨幣が必要となる。
【貨幣の有無】
貨幣は物々交換より円滑に経済活動を行わせるものである。
物々交換を少し発展させると、物と物の間を何かで仲立ちさせる物品貨幣が表れる。日本は古来より、絹布、米などが用いられ、世界的にも、貝、石銭があったとされる。
さて、金属の所謂貨幣が現れるのは紀元前七世紀のリディアだと言われている。中国でも、紀元前三、四世紀頃には刀貨や布貨と呼ばれるような銭を作り始める。
その後も、様々な国で貨幣は造られ、既に紀元後には完全な貨幣制度が確立していたという認識でほぼ間違いはない。
ちなみに、日本の貨幣制は和同開珎から始まるが、貨幣が普及するのは鎌倉時代から、さらに浸透するのは江戸時代になってのことであり、さらにはその貨幣制度も江戸と大坂ではまるで別国のように異なるもの(交換レートでさえ存在した)であったので、日本全域を網羅する貨幣制は明治時代まで待たなければならない。
【貨幣の価値】
貨幣の価値は、世界設定の上で重要である。たとえば、酒をいっぱい頼み、いくら払うか。それが、重要なこととなってくる。
センスのない人だと対外『一円と同じぐらいの価値』で片付けてしまうようだが、正直それはないと思っている。
貨幣とは売買のさい使うものである。つまり、売買するものの価値以下の額面は必要ないのだ。わかりやすく言えば、近代日本には銭の単位で買い物をすることはないから、何銭の通貨はない。ファンタジーでは『うまいぼう』や『十円ガム』に相当するものは普通売ってないので、そこまで小さい必要はない。そこまで少額の価値のものを生産できるのは、もっと近代にならなくてはいけないからだ。
さて、わかりやすいように実例を使う。
和同開珎という、日本最古の貨幣がある。(富本銭という人も言うようだが、個人的にはあれは厭勝銭だと思っているので除外)
和同開珎は当初、一文(和同開珎一枚)で米が二キロ買える価値を持っていたと言われる。
米の価値は現在一俵(60kg)が15000円ぐらい、だから二キロだと500円相当。
正直、500円は大きすぎると、思うが、だいたい100円〜300円程度が妥当だと思う。
【貨幣の材質】
基本は金属だと思ってもらえればいい。金属は保存性・等質性・分割性・運搬性を備えるためであるし、宝石の一種であるため価値を見いだしやすい、と言うものもある。
さて、その中で何が良いかと言えば基本は、金、銀、銅の三種である。
貨幣の優劣としては、金>銀>銅が一般的だが、かつては金は砂金で流出し、銀は採掘のみの時代があったため、銀の方の価値が高かった時代がある(らしい)。
そのため、金と銀の価値を逆にするもの少し変則的でおもしろいのではないか、と思う。
さて、くせ者は銅である。
銅は、ほとんど青銅にして使うのが一般的だが、この青銅というのがくせ者だ。
青銅は名の通り、青い金属『ではない』。青銅器などは、青く見えるが、あれは錆や緑青によってあのような色をしている。
青銅は錫との合金であり、その色はその錫の混入具合によって違う。錫が多いと、銅本来の赤銅色を形成し、下がるにつれ黄金色、白銀色になる。
(余談だが、弥生時代の銅剣などは黄金色、銅鏡などは白銀色である)
錫の含有量は上がるほど硬く、脆くなる。硬貨程度なら赤銅色、黄金色程度に抑えるのがよい。
さて、次はそれ以外の硬貨についてである。
金銀銅以外にも、かなり近代になってからだが、別の硬貨が現れる。
陶貨である。大戦中など、金属不足になったとき(主に敗戦傾向にある国に見られる現象だが)陶器の貨幣を造る。日本やドイツのものが知られており、京焼きやマイセンなど名だたる工房が製造した。
逆に古代だと、石などもある。
昔はポリネシアの巨大な石のお金が有名だったけど、今はどうなんだろう?。お金じゃない結論になったのか、資料がないので割愛ですが、石でもいい。
もっとも、石も陶器も脆いため、あまり普及はしない。
【形】
円形が基本に思えるが、正直そんなことはない。
だが、円形が昔から多いのは事実だろう。
中国の影響か、東洋では円形に四角い穴が開いたものが多い。なぜかは知らないが、おそらく、鋳造で作るので、そのとき発生するバリを除去するため。四角い棒にガショガショ刺し貫いてガチャガチャ取り除くんだと思う。穴が四角いから、周りをヤスリとかで削ってもお金が回らないと言う利点。
逆に、西はプレスが主流で、円形よりは少しいびつな形をしている。
【貨幣単位】
だんだん、収拾がつかなくなってきているが、単位についてである。
特には言うことはない。
貨幣単位は大概、重さと同じだったり、または、価値の基準となるものの単位と同じなので、それほど悩むことはない。
ただ、イスラム社会においては、ウマイヤ朝ぐらいまで独自の貨幣を持たなかった歴史があるので、その辺は少し覚えているといい。
ちなみに、余談で日本、中国、韓国の通貨単位「円」「元」「ウォン」は実はほぼ同じ意味の言葉である。
【終わり】
豆と鬼
某所で
「本気で、鬼に豆をぶつけて勝てると思ってたの?」
な発言を発見したので、仕方がないので解説
鬼はどうしてか知らないが、五行で金気に属するらしい。
(鬼門である艮は火気の方角だし、鬼は幽霊のことだから鬼火とか人魂からも火気に当てられて全く問題はない気がするのだが)
それに対して豆は植物だから木気となる。
通常、五行によれば金剋木なので、鬼が勝つところだが、実は豆はただの豆ではない。
「炒り豆」
である。
炒る、つまり火を通すので火気が付随することとなる。つまり、木生火となり、豆が炒るという行為を助けることとなる。
つまり、投げているのは炒り豆ではないのだ。火気そのものを投げているということなのだ!
火気そのものに、金気の鬼は火剋金により破れる。
結論:鬼には火炎放射
「本気で、鬼に豆をぶつけて勝てると思ってたの?」
な発言を発見したので、仕方がないので解説
鬼はどうしてか知らないが、五行で金気に属するらしい。
(鬼門である艮は火気の方角だし、鬼は幽霊のことだから鬼火とか人魂からも火気に当てられて全く問題はない気がするのだが)
それに対して豆は植物だから木気となる。
通常、五行によれば金剋木なので、鬼が勝つところだが、実は豆はただの豆ではない。
「炒り豆」
である。
炒る、つまり火を通すので火気が付随することとなる。つまり、木生火となり、豆が炒るという行為を助けることとなる。
つまり、投げているのは炒り豆ではないのだ。火気そのものを投げているということなのだ!
火気そのものに、金気の鬼は火剋金により破れる。
結論:鬼には火炎放射
妖怪談義
『カッパ』
河童は存在しない。
どうでもいい話だが、それに気がついたのは去年の定期テスト中。
榊原は昔から河童が嫌いだった。
もとより、怖がりの私は、夜は今でもトイレに行くのが怖いし、今でも怖いテレビを見ると夜寝るのがつらい。
そんな中でも、古くからミイラとして伝わる河童は群を抜いて嫌いだ。だいたい、ミイラの河童というのは気色が悪い。鬼のようにかっこよさを求めてしまうわけでもなく、人魚のように完全に現実離れしているものでもない。それに対し、虚ろな眼窩、屈んだ姿勢をした河童のミイラ。察するに、作り手は河童に気持ち悪さを望んでしまうらしい。
そして、幸か不幸か、私の住む諏訪にも河童の伝承はある。
さて、河童について概要を説明する。
河童はどうやら、江戸時代ごろから現れるようになった妖怪だといわれる。この頃は、鳥山石燕らによって、多くの妖怪がうまれている。
河童の特徴は頭の皿である。しかし、その姿は何かを彷彿とさせないか。
小学生のとき、誰かが(大抵は男子生徒なのだが)江戸時代のある人物をさして河童だといったはずだ。宣教師、フランシスコ・ザビエルである。
ザビエルのあの髪型は彼に限ったものではなく、宣教師すべてがそうであった。詳しくは知らないが、一種の仏教僧の剃髪に近いものなのだろう。そして、彼らにはその「ハゲ」の部分を日に何度か、聖水で清めるという習慣があったらしい。そう、河童の皿、そのものである。
更に、注目すべきは彼らの服装である。彼らは、黒のマントのようなものを羽織っている。名をポルトガル語で「Capa」。後に日本語で合羽と呼ばれる。結局そういうことだ。ペリーが来航したときのように、日本人は見慣れない外国人を「妖怪」にしてしまったのだ。
続きを読む..
河童は存在しない。
どうでもいい話だが、それに気がついたのは去年の定期テスト中。
榊原は昔から河童が嫌いだった。
もとより、怖がりの私は、夜は今でもトイレに行くのが怖いし、今でも怖いテレビを見ると夜寝るのがつらい。
そんな中でも、古くからミイラとして伝わる河童は群を抜いて嫌いだ。だいたい、ミイラの河童というのは気色が悪い。鬼のようにかっこよさを求めてしまうわけでもなく、人魚のように完全に現実離れしているものでもない。それに対し、虚ろな眼窩、屈んだ姿勢をした河童のミイラ。察するに、作り手は河童に気持ち悪さを望んでしまうらしい。
そして、幸か不幸か、私の住む諏訪にも河童の伝承はある。
さて、河童について概要を説明する。
河童はどうやら、江戸時代ごろから現れるようになった妖怪だといわれる。この頃は、鳥山石燕らによって、多くの妖怪がうまれている。
河童の特徴は頭の皿である。しかし、その姿は何かを彷彿とさせないか。
小学生のとき、誰かが(大抵は男子生徒なのだが)江戸時代のある人物をさして河童だといったはずだ。宣教師、フランシスコ・ザビエルである。
ザビエルのあの髪型は彼に限ったものではなく、宣教師すべてがそうであった。詳しくは知らないが、一種の仏教僧の剃髪に近いものなのだろう。そして、彼らにはその「ハゲ」の部分を日に何度か、聖水で清めるという習慣があったらしい。そう、河童の皿、そのものである。
更に、注目すべきは彼らの服装である。彼らは、黒のマントのようなものを羽織っている。名をポルトガル語で「Capa」。後に日本語で合羽と呼ばれる。結局そういうことだ。ペリーが来航したときのように、日本人は見慣れない外国人を「妖怪」にしてしまったのだ。
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