榊原くじらの紙離滅裂

小説の下書きと設定。たまに愚痴。

玻璃(GLASS)

佐々保隠形百鬼夜行・4章・3話

 夫妻は庭を見渡せる一室に入るように指示された。
 襖は開いている。
 だが、そこには鬼には見えないよう、二重、三重の結界を霜乃が張った。
「さて、やりますか」
 霜乃はそう言って、璃凛を見る。軽く頷く璃凛。
「僕は鬼が見えます。でも、あのお侍さんは見えませんから、貴女の見える鬼を彼に教えてやる。いいですね?」
「はい」
 璃凛は頷く。
「たぶん、鬼はあなたを狙ってくるはずです。その時は、僕が守りますから、あなたは新田さんに鬼の位置を教えるだけでいい。新田さんもいいですね」
「了解だよ」
 新田はそういって、手をひらひら上げる。
「西園寺さん。そうこう言ってるうちに来ました」
 璃凛の声に、二人はゆっくりと土倉に視線を移す。
 土倉から現われたのは一人の女。
「美人か?」
 苦笑いをしながら、新田は言う。
「ええ、とっても」
 肌は透き通るように白く、唇は血のように赤い。着物は白いが死装束ではない。普通の着物だが、色がただ白い。布地には白の糸で刺繍も施されているようだ。もっとも、何の柄かは分からない。
 その着物は、胸元が極度にはだけていて、妙な色気がある。
「来ますよ」
 霜乃はそう言うと、腰に差した扇を取る。
 まるで、刀を抜くような仕草だが、実のところ何の意味もない行為だと新田は心得(し)っている。
 おもむろに、鬼の口が開く

――私の、子供……

 耳を劈くような、悲鳴にも似た声。
「なっ、なんだこれ」
 新田が喘ぐ。
「うるさいですよ。新田さん」
「だが、これは……」
「新田さん。こっちに……来ます」
 璃凛が叫ぶ。
 刹那。
 飛ぶように、鬼は大口を開いてこちらへ向かってくる。
「璃凛さん。伏せて」
 霜乃は璃鈴を突き飛ばす。それと同時に、やってきた鬼を新田が刀で防ぐ。
「よし、当たった」
 噛みつこうとする鬼の歯を新田は刀で受け止める。
「新田さん上等」
 そういって、霜乃は閉じた扇を鬼に向ける。瞬間、先端から一筋の光が飛び出て、鬼の顔を貫く。
 鬼は大きく仰け反り、その場に倒れ込む。

――私の、赤ちゃん……

 嘆きの悲愴な声。
「哀れだな……」
 新田がそう言った瞬間
「新田さん。危ない」
 その瞬間、大きく新田が後ろに吹き飛ぶ。
 
「っぐゎ」
「新田さん」
 霜乃は振り向こうとしたが足を取られ、背中から地面に激突した。
 打ち付けた後頭を持ち上げると、鬼の『うにょり』と伸びた手が霜乃の足首をつかんでいる。
 霜乃は短く呪を扇に込めて、腕の手首に振り下ろす。
 扇は鬼の白い手を切断する。鬼が断末魔を上げる。切断面から血のような黒い瘴気が吹き出し、霜乃の足をつかんでいたてが朽ちた。
 霜乃はすぐさま立ち上がり、扇を開いて鬼に飛ばす。
 先端の要が、鬼の胸に刺さるとわずかに叫びを上げて動きを止める。
「新田さん」
「大丈夫だ」
 すぐに返答がある。
 主人夫妻の部屋のすぐ横の壁に打ち付けられていた新田はよろよろと立ち上がる。
「今行く」
 そういって、新田が足を前に出す。
 瞬間。
 霜乃は叫んだ。
「新田さん、動かないで」
 だが、遅かった。
新田はこちらを向いて、足を踏み下ろした。
 バキ、と乾いた音。新田の足が何かを踏みつけ、折った。
「えっ」
 新田がそこを見ると、矢が折れてた。
 短い矢。
 長さは二拳分ぐらいしかなく、矢羽も少し小さい。
 霜乃が結界を張るために、部屋の四隅に差したもの。
「折っちゃったけど、大丈夫か?」
 新田の問いに霜乃は首を振った。

――見つけた

 何を。
 新田は一瞬そう思ったが、すぐさま部屋の前に割り込む。
 既に、鬼は霜乃の扇を払いのけ、こちらに飛んできている。
 だが、新田にはそれが見えない。
「璃凛」
「まって、すぐ来る」
 新田は構える。
「今」
 新田は刀を振り下ろす。
 だが、宙をかすめる。
「なっ」
新田は目を見開く。掠めた刀を所在なく持っている。
「囮だ」
 霜乃が叫んだ瞬間、背後で轟音が響いた。
 おどろいて、新田は振り向く。
 屋根が崩れ、鬼がいた。
 見えた。
 鬼が見える者以外、見えると言うことは鬼が誰かに見せようと働きかけている時だけ。
 しかも、鬼は女将の前にいた。
(女将さんは、鬼に弱い)
 霜乃はそう言った。だが、霜乃は数珠を渡した。
 鬼避けに。
(ガラスの?)
 新田はハッとする。
 ガラスは脆い。モノの性質というのは、呪術に置いてとても深く関係する。と、霜乃がこのあいだ雄弁に語っていた。
 宝石等なら、硬い宝石は、強化などの呪を込めやすく。逆に、脆いモノは、弱体化や壊れやすくするための呪を込めやすい。
 ならば、あの数珠は女将の鬼への耐性をより弱くするためのモノではないか。
「だが、何のために」
 しかし、新田にそれを考える時間はない。
 新田は部屋に飛び込んだ。


2006/08/17 | 10:52
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ベルが鳴る 幕が開く

隠形百鬼夜行4章 二話

 役者は揃っていた。
 舞台は裏の土倉。ここで、全てが始まった。
 舞台の前にいる役者は4人、主役の璃凛と、端役でその両親――松波屋の店主夫妻と大旦那。そうすると、悪役にお蓮だが、それは少し可哀想な気がする。
「西園寺さん」
 端役――じゃなくて、店主の松波川宗太郎氏がこちらの姿を見つけて駆け寄ってくる。
「どうも」
 霜乃が頭を下げると、旦那さんもそれに倣うように頭を下げる。すると、西園寺の斜め後ろにいる侍を見つける。
「あの、この方は?」
「新田さん。佐々保城に雇われてるお侍さんです。雑用に連れてきました」
 祓い屋ではあるが、一介の町人の身分でおくびもなく侍を雑用、などという霜乃に旦那さんは顔をしかめる。
「ああ、大丈夫です。口は堅い男ですから」
 旦那さんが外面の心配をしているのだと思った霜乃はそう言って、微笑んだ。
「ちょうどいい頃合いですね」
 霜乃はそう言って、おもむろに空を見る。
 夜空には月はない。
 ただ、星が静粛に、そして爛漫と煌めいている。絢爛豪華。これだけの輝きを空は持っている。それは非常に……
「西園寺さん?」
 心配そうに旦那さんが声をかける。
 どうやら、いつも通り瞬きもせずに空を見たまま固まっていたようだ。
「ああ、大丈夫です。それと、璃凛さんは」
 霜乃が訊ねると、旦那さんが言うより先に、女将さんの傍らを離れ璃凛がやって来る。
 目隠しをしているというのに、恐れた様子なく、真っ直ぐ歩く姿に霜乃は軽い眩暈をおぼえる。
「どうかしましたか?」
 璃凛が訊ねる。
「見えますか」
「ええ」
 璃凛は毅然とした様子で肯定する。
「どっちが?」
「どっち?」
 璃凛は首をかしげる。
「僕の後ろに、何人見えます?」
「二人。女の人が二人」
 璃凛の回答に、霜乃は頭を抱える。
「霜乃、どういう……」
驚いたのは新田の方。霜乃の肩を引き寄せる。
 なにせ、自分が立っているはずのところに、女が二人、しかも目隠しされた少女がそういうのだから。
「式です。いつもの人ですよ」
 霜乃はこめかみを押さえる。
 新田は霜乃の回答に納得したのか、霜乃から手を放す。
「呪字が弱いのか。それとも……。まあ、他に何か見えます?」
「いえ、西園寺さんと後ろの人以外には。父も母も見えません。建物と地面は見えますが……」
「なら、いいか」
 霜乃は安心したように、小さく息をついた。
「あの……」
 旦那さんが声をあげた。
「何が起こっているのでしょう?」
「世界には陰極と陽極の二つの面があるんです。それが、二つぴったり合わさって一つの世界になります。まあ、時間帯、とくに日と月の関係なんですが――それによってまあ、鬼が見えたり見えなかったり……、って前に言いましたっけ?」
「陽と陰が……、とか何とか?」
「まあ、そうですね。そんなこんなで、まあ、今日は陰の気が強いんで、目隠ししても陰極の世界が見えてしまうんです」
「はぁ?」
「まあ、それはおいておいて。女将さん」
 説明するのも面倒なので、話題を変えて、女将に向き直る。
「貴女は、璃凛さんに比べて非常に弱いようですね」
「弱い?」
「ええ、陰極のみ込まれやすい人、って感じでしょうか。とにかく、鬼にとってはいい餌ですから、これを持ってて下さい」
 そう言って渡されたのは数珠。
 水晶のような、透明の玉の数珠だ。
「ガラスです。暗くて見えませんが、一個一個に気泡で呪文が刻んであるのでそれが、女将さんを守っていてくれるはずです」
「それと、あれだ。退治の様子は見るか、見ないか?」
 新田が訊ねる。
「なにが、違うんでしょうか?」
「気分の問題だな。見て、怪異の正体を見るのもよし、気味の悪い化けもんを見ないもよし」
「新田さん。それ、僕の台詞」
 霜乃は新田の腰を肘でつつく。
「見ます」
「だそうだ。先生」
 新田は霜乃に微笑みかける。
「了解」


2006/08/14 | 15:21
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天狗は鞍馬以外にもいる。長野県にだっている

隠形百鬼夜行
四章・一話

 鬼は陰に生きる。
 新月、それは陽の力を夜へ導く月が消える夜。
「新田さん。思ったより早かったですね」
 霜乃は龜吉屋にやってきた新田に声をかけた。
「どこだ」
 新田は身構えた。
 聞こえたのは、耳慣れた霜乃の声。だが、姿がない。
「ここですよ。どこにいるか当てられたら、十文あげますよ」
 姿無き霜乃に、きょろきょろとせわしなく首を回す新田に、苦笑混じりに霜乃は言う。
「ふざけてないで出てこい」
「了解」
 このままでは刀を抜かれそうなので、霜乃は屋根の天井から降りてかぶっていた蓑を脱いだ。
「なんだそれ」
 新田はようやく安心したように、訊ねる。
「昔、京都にいた時に鞍馬って所の天狗にもらったんです。いいでしょう。もっとも、姿は消せても、気配が消せないんで人間にしか使えないんですけどね」
「お前。時々、突拍子もないな」
「気のせいじゃないですか?」
 霜乃はそう言って、蓑を玄関から家に投げ入れる。
「じゃあ、行きましょうか」
「おう」
 二人は歩き出した。


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2006/08/12 | 07:05
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飛頭蛮

 首が伸びる。
「飛頭蛮」
 肩をかすめたそれを新田は驚愕しながら叫ぶ。
 振り向けば首はりりんに向かっている。
「霜乃っ!」
 新田が叫んだ頃には既に霜乃は首とりりんの間に回っている。
 霜乃は刀を首めがけて振り放つ。光源もないのに彼の刀が淡く青い光の軌跡を夜闇へ映し出す。
 首は右目をやられ、逃げるように胴体へ。
「新田さん」
「了解」
 新田は心得たとばかりに胴体に近づき斬撃を放つ。
 途端に身体が灰燼へ化す。
『おのれ』
 首は悲鳴のような声を上げ新田の右腕に噛みついた。うめき声を上げて、新田は刀を放す。
だが、首は力を緩めない。
「腕を噛みきるつもりか」
 霜乃は唇を噛んだ。そして、新田に駆け寄り首に斬りつける。
 黒い血しぶきを上げ、首は地面に落ちる。
「助かった」
 新田は右肩を回す。
「大丈夫ですか」
 りりんは心配そうに駆け寄る。
「大丈夫だ」
「大丈夫じゃないと思うよ」
 霜乃はそう言って無理矢理新田の袖をまくり上げる。
 筋肉質の二の腕に赤い歯形が現われる。
「痛みは?」
「ないな。噛みつかれた時は結構痛かったが……」
「末期ですね」
 そういって霜乃は腰の袋から薬湯をだす。
「傷にかけて、ほっとくと首が生えてきますよ」
「えっ」
 新田は驚き霜乃の薬湯を取り上げると急いで傷口にかける。
「つうか、何で飛頭蛮が」
「知りませんよ」
「とにかく一度、山を降りるか」
「賛成です」


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2006/07/10 | 21:13
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隠形百鬼夜行(7)

――4,

「それは?」
 大旦那が駆け寄って訊ねる。
「鬼を見えなくする呪禁を書いた目隠しです」
 西園寺はそう言って視線を落とす。
 彼の膝の中で眠る璃凛。よほど疲れたのだろう。
 その様子を、女中は見て、彼女を起こさないように抱きかかえて寝室へ持っていく。
「これで、鬼は見えません」
「見えなくて、大丈夫なのですか?」
「昼間は」
 西園寺は意味深にそこで言葉を切った。
「昼は鬼が見えても何も出来はしません。陽の気が強すぎますから。ただ、夜になれば話は別です。とくに満月以降が危ない。その時は多少怖がっても外して下さい。見えなければ逃げようがありませんが、見えれば逃げられます。我々には見えないので助けようがありませんが」
 そう言った西園寺の目は少し哀しそうだった。
「なぜ、鬼は孫を狙ったのでしょう。どう考えても、怨まれるのは我が両親か私のはず」
「おそらく、あの鬼は『松波屋の主人の子供を殺す』で出来ているからだと思います」
「出来ている?」
 大旦那は不可解な顔をする。
「我々が鬼と呼んでいるのは、人のうらみです。字で書くと『立心偏』に『感』、『憾』です。あなた方は鬼というと成仏できなかった人間の魂だと思っているのでしょうが、それは間違いです。すべての人間は死ねば漏れなく成仏、と呼ばれる状態になります。しかし、このとき生前やり残したことに対する強い思いを抱いていた時。その感情だけがこの世に残り、世間にはびこる同種の、“生きた人間”の感情を取り込み強い思いとなり、陰退きと混じり合い、その思いを現実のものとするため、形になります。それが鬼です。つまり、今回の鬼はお蓮ではなくお蓮の遺志が一人歩きし始めたものです」
「なんと……」
「お蓮さんはすでに救われています。そのことに対して大旦那が負い目を感じることはしなくてもいいんです。ただ、あれだけは璃凛さんを殺すまで救われることなく動き続ける。生命のない、あれを救うことが祓い屋の仕事。この世で最もムダな仕事です」

 新月の夜まであと三日。


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2006/05/07 | 13:14
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